「ホロライブプロダクション」を運営するVTuber事務所・カバー株式会社。その裏側には、配信技術やモーションキャプチャをはじめとして、VTuber活動を支える「技術の会社」としての側面があります。中でも、組織を横断して中長期の技術開発を担う「CTO室」は、各事業部を技術で支える要の存在です。
今回は、創業期から技術戦略を牽引してきた福田一行CTOと、CTO室に所属する新卒3年目のエンジニアのAさん・新卒1年目のKさんによる対談を実施。CTO室のミッションや働き方、若手が成長できる環境、そしてエンジニアとして実現したい未来について語ってもらいました。
組織を横断し、中長期の技術開発を担う。CTO室のミッションと体制
ーカバー株式会社には、ホロライブをはじめとする多くの事業やプロジェクトがありますが、その中で「CTO室」はどのような役割を担っているのでしょうか。まずは発足の経緯と合わせて教えてください。
各事業部はプロダクトの運用や目の前の開発に取り組んでいますが、数年先を見据えた中長期的な技術開発はどうしても後回しになりがちな側面があります。そうした課題を解決し、組織全体を技術で横断的にサポートするためにCTO室を発足しました。開発支援や、全社で活用できる共通基盤の構築、中長期的な視点での技術調査・研究なども行っています。また、技術ブログやエンジニア向けイベントの開催・参加など対外的な技術発信も行っています。現在は20名前後が在籍しており、「研究開発」「アプリ開発」「インフラ」「データ分析基盤」という専門性を持った4つのチームで構成されています。

―CTO室と各部署の連携について教えてください。
大きく2つあり、1つは、CTO室で新しい技術を試して事業部に提案しています。CTO室でまず新しい技術を形にして「これくらいの目処で導入できます」と事業部に提案しています。マーカーレスモーションキャプチャー「セルフブース3D」の導入では、CTO室のメンバーが見つけてきて、機材を買って動かして、「これはいける」と、事業部に提案・導入した経緯があります。
もう1つは、CTO室のメンバーを事業部のプロジェクトにアサインしています。エキスパートとして開発をサポートしつつ、事業部とCTO室の情報を横断的に繋いでいく役割も担っています。
ー新卒で入られたお二人の役割について教えてください。
私は新卒で入社し、今年で3年目になります。私が所属している研究開発チームにはAIやインフラ技術、ロボット工学など専門分野が異なる4名が在籍しており、「技術をどのように活用できるか」という観点で、研究段階のプロジェクトの主導や新しい技術の調査・検証をメインに扱っています。私自身はUnityエンジニアとして、新規アプリ開発や「ホロアース」関連のアバター周りの組み込みを担当しつつ、新しいAI技術の検証や技術ブログ・社内LT(Lightning Talk)会※の運営なども行っています。
※社内LT(Lightning Talk)会とは:全社エンジニアの知識共有と部署を超えたエンジニア同士の交流を深める場として、2ヶ月に一度開催している短時間プレゼンイベントのこと。

私は新卒1年目で、インフラチームに所属しています。インフラチームは、各事業部のプロジェクトにサポートとして入り、組織を横断的に繋いでいく役割を担うチームです。現在私は、公式スマートフォンアプリ「ホロプラス」の開発にバックエンドエンジニアとして携わっており、タレント向けのログイン機能やボイス投稿機能などを担当しました。また、社内全体のセキュリティ向上にも取り組んでいます。
ーそれぞれのチームの雰囲気についても教えてください。
研究開発チームのメンバーは専門分野が異なるため、「全員で一つのタスクをこなす」というよりは、各自が自律して動き、定例会で知見を共有するというスタイルで業務を行っています。 分野が違うからこそ、自分にはない視点での知識が生まれますし、技術的な相談をするといった横の連携もスムーズですね。「こういう研究をすると役に立つのでは」という提案も受け入れてくれやすい環境です。
「ホロプラス」のプロジェクトチームは、エンジニアもコンテンツ担当も関係なく、「どうすればもっとファンの皆さんに喜んでもらえるか」を全員で議論する部活のような熱気がある現場です。 現場に入れば職種の壁はなく「プロダクトをもっと良くするためのアイデア」が常に求められる非常にエネルギッシュな環境です。
専門性を越えて事業を繋ぐ。CTO室が担う「技術の会社」としての土台
ー学生時代の活動や、カバーに入社を決めたきっかけや経緯を教えてください。また、入社前と入社後で、イメージが違った点はありますか?
私は大学院で画像を扱う機械学習モデルを扱っており、「技術を使って面白いことを形にしたい」と考えていました。当時のカバーは技術に関する発信が少なかったため、エンジニアの会社というイメージが持てておらず、志望候補には入っていませんでした。しかし、就活イベントで偶然福田さんとお話ししたところ、想像以上に自社開発に注力していると知り、一気に引き込まれました。実際に入社してみると、外から見えている以上に様々なシステムを自社開発しており、その技術への向き合い方の深さに改めて驚かされました。

私は高専と大学院でIoTやセキュリティを研究し、現場に近い業務をインターンで経験してきました。カバーに決めた最後の一押しは、実は2023年末に開催された兎田ぺこらさんの1stソロライブ 「うさぎ the MEGAMI!!」です。元々ぺこらさんのファンでもあり、ライブで感動した翌日に福田さんと面談する機会があり、その熱量のまま入社を決めました。 入社後に実感したのは、技術的な連携を通じて、タレントさん一人ひとりの個性や自由な表現を尊重しながらその可能性を最大限に引き出し、実現することができる環境だということです。「ホロプラス」の開発でも、タレントさんからのフィードバックを直接反映して機能改善に取り組んでいます。タレントさんの意向を尊重し、技術で形にできる環境はすごくいいなと感じています。
ーCTO室という専門組織に籍を置きながら、別部署のプロジェクトへ深く関わっていく働き方について、どのような意義を感じていますか?
私の場合は研究開発チームに所属しながら、「ホロアース」のアプリ開発をサポートする形で現場に入っており、現在はUnityエンジニアとしての業務が中心です。必要に応じてサーバーサイドの知識を求められたり、3Dモデルやシェーダーを直接触ったりすることもあります。 本来なら分業されるような異なる技術領域を、一つのプロジェクトを通して横断的に経験できています。習得すべき技術が幅広く大変な面もありますが、自分のスキルが拡張されていく手応えがあり、とても楽しさを感じています。
私はインフラチームから「ホロプラス」に関わっていますが、気持ちとしてはチームの一員という感覚で動いています。この働き方の大きな意義は、技術面だけでなく、人と関わることがすごく増えることですね。プランナーやディレクターから「こんな企画やりたいんですけど、エンジニア的にどうやったら実現できますか」と相談を受けたり、別のアカウントチームの方と会話して業務を進めたりと、コミュニケーションの幅が広がりましたね。

「入社1年目でも、最適なら即採用」若手が裁量を持って挑戦できる環境づくり
―若手社員からの提案が実際に形になった事例や裁量の大きい案件を任せてもらった経験などはありますか?
あります。「ホロプラス」では、「ホロライブEnglish」所属の双子タレント、フワワ・アビスガードさんとモココ・アビスガードさんのアカウント基盤について、体験の提案から設計・実装までを任せていただきました。当初はそれぞれ完全に独立したアカウントとして設計される予定でしたが、双子という特性を考慮し、「認証基盤上はそれぞれのアカウントでログインしつつ、ホロプラス上では一つのアカウントに二人がログインできる仕組み」を提案したところ採用され、そのまま設計から実装まで担当させてもらいました。新卒1年目でも「ファン体験として最適であればやろう」と提案を受け入れてもらい、最後まで任せてもらえたのは、大きな自信になりました。
私の場合は、入社すぐにAIエージェント「AIこより」の開発を主導できたことが大きな経験でしたね。入社数ヶ月の自分にプロジェクトを任せ、「ここまで自由にやらせてもらえるのか!」と驚いたのを覚えています。特性や能力が合致していればそれを発揮できる環境があり、その自由度が成長に直結していると感じます。
キャリアに関わらず、自発的な動きは全力で歓迎しています。私自身、若い頃に試行錯誤した経験が今の糧になっているので、メンバーにも「小さくても裁量の大きい仕事」を経験してほしい。Aさんにあえて専門外の3Dタスクをお願いした際も、固定観念のない柔軟なアプローチで高い成果を出してくれました。経験がないことは、裏を返せば「独自の視点」という武器になると考えています。

―カバーという環境でエンジニアリングをする面白さは、どこにあると感じますか?
尖ったことに挑戦できる機会があることですね。例えば、星街すいせいさんの「THE FIRST TAKE」出演時に、自社技術でサポートしたことなどです。現実空間で、本来バーチャルな存在であるタレントさんが歌って動くパフォーマンスを実現するため、カバーが独自で技術開発を行いました。タレントさんを直接技術で支えるという立場だからこそ、特殊な要件や、普通はプロダクトにならないようなものも作る機会があるのは、この会社ならではの面白い点だと思います。
自分が作った機能がタレントさんやファンの皆さんの日常の一部になることにやりがいを感じますね。「ホロプラス」のボイス投稿機能をリリースした後、タレントさんが日常的にボイスを届けてくれているのを見ると、開発して本当に良かったと思えました。一方で、極端なアクセスの集中というクリティカルな課題とも日々向き合っています。以前、タレントさんが配信で「ホロプラス」をご紹介くださったのをきっかけに想定を遥かに超えるアクセスが集中し、アプリの動作が不安定になってしまったことがありました。申し訳なさと同時に、この熱量を支える責任の重さを再認識しました。こうした巨大な負荷を捌き切るシステム構築は、エンジニアとして非常に挑戦しがいのあるテーマですね。
一般的なサービスは、リリース後徐々にサーバーに負荷がかかっていくものですが、ホロライブの場合は「タレントが配信を始めた瞬間に、数十万人のアクセスが秒単位で殺到する」という特異な負荷特性があります。この急速な負荷をどう制御し、ファンの皆さんに快適な体験を届けるか。これはインフラエンジニアにとって難易度は高いですが、他ではなかなか経験できないテーマだと思いますね。
ー新卒の育成サポート体制について教えてください。
私が入社した頃は現場での実務(OJT)が基本でしたが、必ずメンターがつき、コードレビューや相談に乗ってくれました。今は1on1やジョブローテーションも導入され、組織的なサポートがより手厚くなっていますね。
私も週に一度メンターと1on1を行い、技術指導だけでなく、目標設計のサポートを受けています。また、私たちの代からは社外の「他社合同新卒エンジニア研修」にも参加しました。特に印象的だったのは「ISUCON研修(※)」です。即席チームでアプリのパフォーマンス改善に挑むのですが、そこで得た知見は、現在の『ホロプラス』の負荷対策や改善業務に直結しています。(当時の体験記はこちら)
(※)ISUCON:Webサービスのパフォーマンス改善の速度を競うエンジニア向けイベント。 https://isucon.net/
「推してて良かった」と思える体験を届けたい。CTO室が描く未来像
―CTO室が技術の力で実現したい、未来のエンターテインメントの姿について教えてください。
私は入社以来、クライアントからサーバーサイドまでのエンジニアリングから、技術広報活動まで幅広く経験させてもらいました。今後はその多角的な経験を土台に、自分自身の核となる専門性をさらに磨き上げ、技術で会社を牽引できる存在になりたいです。SNSのトレンドを追うだけではない、何十年経っても色褪せない本質的な価値のあるエンタメを実現できる技術をタレントさんに提供し、いつかファンの方が振り返った時に「あの時ホロライブを推してて良かった」と思えるようなポジティブな体験を、技術の力で実現したいですね。
私は、タレントさんが「やってみたい」と思った時に、技術的な制約で諦めさせないエンジニアでありたいです。現在はインフラがメインですが、今後はコンテンツに直結する分野にも視野を広げ、「Kがいれば何でも作れる」と言ってもらえるような存在を目指しています。一人のファンとしての視点も大切にしながら、誰かにとっての「人生を変える瞬間」を支える側として、当たり前の幸せを守り続けていきたいです。
二人の言葉は非常に心強いです。私たちが技術で最も重視しているのは「VTuberの実在感」です。そこにタレントさんが確かに存在しているという感覚を、いかに技術で支え、ファンの皆さんに届けるか。配信環境の構築から新しい表現の開拓まで、すべてはタレントさんとファンの皆さんが過ごす時間を豊かにするためのものです。この原点を忘れず、タレントさんがより長く、より輝ける場所を技術でサポートし続け、持続可能なエンターテインメントの形を模索していきたいと考えています。

―最後に、皆さんにとって等身大のカバーについて教えてください。
「どこまでも面白いことに挑戦できる場所」です。VTuber文化が生まれてから数年が経ち、現在はトラッキング技術や映像コンテンツのクオリティなど、かつては驚きをもって迎えられた技術も「動いていて当たり前、あって当然」のものとなりました。しかしカバーは、その「当たり前」のラインで満足することなく、「もっと表現を良くするには」「新しい技術を組み合わせたら、さらに驚きを与えられるのではないか」と、常にその先を泥臭く追い続けています。昨今「個人VTuberの技術も強い」という意見もありそのスピード感も素晴らしいですが、企業勢だからこそできる「中長期的な研究開発にも価値があるんだぞ!」という意地もありますね。表には出せない挑戦もたくさんありますが、これからも驚きを届け続けたいです。
私は「プロ意識を持った部活」だと思っています。学生時代にロボコンに打ち込んでいた時、仲間とワイワイ言いながらアイデアを形にしていく瞬間が最高に楽しくて。今の「ホロプラス」の開発もまさに同じで、エンジニアもコンテンツ担当も関係なく、「最高の結果を出す」という責任感を背負いながら、「どうすればもっと良くなるか」を本気で語り合っています。大人になっても、プロの仕事としてそんな熱狂を味わえるのがカバーの魅力だと思います。
「原点回帰」ですね。組織が大きくなる中で、改めて基本に立ち返ることの重要性を痛感しています。 VTuber文化は、配信やタレントさんとファンの皆さんの関わり合いから生まれ、育ってきました。最先端の技術を追うことも、大規模なシステムを組むことも、すべてはその原点をより豊かに、より強固にするための手段に過ぎません。私たちが何のために技術を磨くのかという原点を忘れず、これからもタレントさんとファンの皆さんのための場所を技術で支え続けていきたいですね。